大判例

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福岡地方裁判所 平成3年(行ウ)12号 判決

原告

矢島桃代

右訴訟代理人弁護士

梶原恒夫

辻本育子

椛島敏雅

被告

地方公務員災害補償基金福岡県支部長

福岡県知事

奥田八二

右訴訟代理人弁護士

貫博喜

主文

被告が、昭和六四年一月五日付けでなした原告に対する公務外認定処分を取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する認否

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、田川市立田川小学校給食調理員として勤務中の昭和六二年一〇月二六日午前八時五分ころ、同小学校給食調理室において、当日の作業分担により配電盤の戸を開け、右手で熱風消毒器のスイッチを入れようとした時に通電部分に手が触れ受傷した。

2(1)  受傷後原告は、昭和六二年一〇月二六日田川診療所にて受診し、「全身倦怠」と診断され、

(2) 同年一〇月二八日から社会保険田川病院に転院し、同月三〇日「電撃障害」と診断され、約二〇日間通院加療し、

(3) 同年一一月一九日から田川市立病院に転医入院し、同月二〇日「虚血性心疾患」と診断され、同年一二月三日に「電撃ショック」を続発した合併症と考えられる「狭心症」と診断され、

(4) 同年一二月二三日から診断を確定するために小倉記念病院に転医し、同二四日「冠けいれん性狭心症」と診断され、

(5) 同年一二月二八日から再度田川市立病院にて翌昭和六三年二月二二日まで入院加療し、その後通院加療を続けた。

3(1)  原告は、本件感電事故によって発病した「電撃障害」については、昭和六二年一一月一九日付けで、また、「全身倦怠」については、昭和六三年二月一六日付けで、それぞれ公務上の災害の認定を受けた。

(2) 原告は、また、本件事故により発病した「虚血性心疾患」、「電撃ショック」及び「狭心症」(これらを以下「本件疾病」という。)は公務に起因して発症したものであるとして、昭和六二年一二月七日付けで被告に対し、公務災害追加認定請求をしたが、被告は、本件疾病を公務外災害と認定し、その旨を、昭和六四年一月五日、原告に通知した(被告の認定処分を以下「本件処分」という。)

(3) 原告は、右の認定処分に対し、地方公務員災害補償基金福岡県支部審査会に審査請求したが、同支部審査会は、平成元年一〇月二〇日、これを棄却する旨の裁決を行ない、更に、原告が同年一一月二一日、地方公務員災害補償基金審査会に対し、再審査請求をしたところ、平成二年一一月二八日、同審査会は、これを棄却し、右裁決書は、平成三年二月一六日、原告に送達された。

(4) 本件処分をはじめこれら裁決等の理由は、本件疾病が公務に起因する災害とは認められないというものである。

しかし、原告の本件疾病は、本件感電事故により発症したものであり、公務上災害とされるべきものである。

4  よって、被告が昭和六四年一月五日付けで原告に対してなした公務外認定処分は違法であるからこの取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は不知。

2  請求原因2の(4)の事実は不知、その余は認める。

3  請求原因3の事実は認める。ただし、本件疾病の原因については争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一感電事故について

〈書証番号略〉および原告本人尋問の結果によれば、原告は、昭和六二年一〇月二六日午前八時五分ころ、田川市立田川小学校給食調理員として勤務中、同小学校給食調理室において、動力のスイッチを入れた際、感電して受傷した事実が認められる。

二受傷内容と治療経過

請求原因2の(1)ないし(3)および(5)の事実については、当事者間に争いはなく、〈書証番号略〉によれば原告は小倉記念病院において「冠れん縮性狭心症」と診断されたことが認められる。

被告は、原告が狭心症ではないと主張するのでこの点について判断する。

前掲〈書証番号略〉および証人延吉正清の証言並びに原告本人尋問の結果によれば、原告は、昭和六二年一一月一八日夜睡眠中、胸部圧迫感で覚醒したこと、田川市立病院入院後も夜間発作があったこと、その際ニトログリセリンが有効に作用したこと、その後の発作の際にもニトログリセリンをなめると二、三分以内で痛みが消えること、原告に対する小倉記念病院でのエルゴノビンによる誘発試験では、五〇パーセント以上の狭窄が認められ、その際、原告は胸に痛みを感じたこと等の事実が認められる。

以上の事実からすると、原告は、冠れん縮性狭心症であると判断するのが相当である。

これに対し、被告は、原告の病状が冠動脈れん縮の定義に該当しないと主張し、これに副う証人中村元臣の証言及び〈書証番号略〉(産業医科大学黒岩昭夫作成の意見書)の記載があるが、これらは右証書によっても明らかなとおり、原告を直接問診することなく、限られた資料をもとに判断したものであって、証人延吉正清の証言および前掲〈書証番号略〉に照らし措信し難い。

また、被告は、原告が痛みを感じた部位は、左胸の乳の上であって、右部位の疼痛は狭心症を示すものではないと主張する。しかし、前掲〈書証番号略〉によれば、原告の痛みの部位は、右主張の部位だけでなく、狭心症に特徴的な胸の真ん中の痛みが記載されており、原告本人尋問の結果からしても「背中を叩かれたような熱い痛み」「胃の奥が握り締められるような苦しさ」「胸が焼け付くというか締めつけられるような痛み」と狭心症に特徴的な痛みのあったことが認められるから、右主張は理由がない。

三狭心症の公務起因性について

請求原因3の事実はいずれも当事者間に争いはないが、被告は、本件疾病は、公務に起因する災害とは認められないと主張するので、この点について判断する。

疾病が公務に起因する災害と認められるか否かは、公務と疾病との間に相当因果関係が認められるか否かによる。相当因果関係があるというためには、公務に従事していなかったならば、当該疾病は生じなかったであろうという条件関係であるだけではたりず、当該疾病のもろもろの原因のうち公務が相対的に有力な原因であることを要する。しかし、公務が、最も有力な原因であることまでは必要ではなく、他に競合しあるいは共働する原因があっても、それが同じく相対的に有力な原因であったとしても、相当因果関係を肯定する妨げにはならない。

そして、その立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、事実と結果の間に高度の蓋然性を証明することであり、その判定は通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とし、かつ、それで足りる。

本件の場合、前掲〈書証番号略〉、原告本人尋問の結果によれば、以下の事実が認められる。

原告は、昭和五四年市立病院の看護助手として採用され、昭和五九年から学校給食の調理師として従事するようになった。原告は、看護助手として働いていた時には、仕事が忙しい中、他の同僚の手助けをしたり、調理師として働いていた時には、調理室で、大釜に色々な材料を入れて大きな杓でかき回すなどの力仕事もこなし、病気等で休暇を取ることはほとんどなかった。また、原告は、田川市役所職員組合の執行委員になり、西日本給食会の大会には田川市の代表として出席し、意見の交換をするなど、活発で積極的な活動をしていた。さらに、原告は、スポーツも万能であり、ソフトボール・卓球などをこなし、卓球の練習は、昼休みや仕事が終り家事を終えてからするなどして、福岡県市役所対抗卓球大会や市民体育大会では優秀な成績を挙げていた。

原告は、昭和六二年一〇月二六日感電事故にあい、以来、倦怠感、胸痛、頭痛等を訴えるようになり、顔色も悪くなり、体に活力がなくなった。同年一一月一八日夜就寝中、胸部に圧迫を感じて覚醒し、二〇分後に軽快した。翌日田川市立病院に受診し、狭心症と診断され、入院加療するも、夜間発作があるなどした。その後、入院、通院を繰り返している。仕事においては、長時間仕事が出来なくなり、力仕事もままならなくなってきた。また、仕事中も体の不調を訴えるようになり、病欠もするようになった。さらに、卓球等のスポーツも出来なくなり、家事も十分には出来なくなった。

この事実を前提にして判断するに、原告には、本件感電事故以前において狭心症を発症するような予兆は特に認められず、同事故以来狭心症の症状を呈するようになったこと、胸の痛みは感電事故後約二週間してから発生し時間的にも接着していること、証人延吉正清の証言によれば、電気ショックが一つの誘発原因になって狭心症の素因が引き出され、狭心症が発症したと考えられること、その他特に原因となる事情が認められないこと等からすると、本件感電事故が相対的に有力な原因であり、公務と疾病との間の相当因果関係を認めるのが相当である。

この点、〈書証番号略〉及び証人中村元臣の証言によれば、電撃ショックによって狭心症が発症したという症例を経験したことはなく、文献的にも見当らず、したがって、可能性を強く支持することは出来ないとしている。

しかし、同時に同証人は感電事故が誘発原因となる狭心症の発症を理論上は有り得るとしており、感電事故前後の原告の健康状態、感電事故直後からの原告の症状と狭心症発症に至る時間的接着性等を考慮すると、感電事故が狭心症を発症させたと認めざるをえず、右両者の間に高度の蓋然性があるといわざるを得ない。

四以上から、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官牧弘二 裁判官横山秀憲 裁判官小島法夫)

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